2005年10月13日

日本軍に鹵獲されたドイツ戦車

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中国軍が使用していたT号戦車です。奇妙な因果ですね。
posted by 戦車男 at 10:31| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月12日

世界の戦車博物館

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戦車好きに限らず、愛好家というものは実物・本物を実際に見たくなるのが性だろう。日本の戦車の場合、自衛隊国内にあるいくつかの博物館で見ることができるが、人気のあるドイツ軍戦車のなど場合は、見に行くのだけでもかなりの苦労だ。しかしながら、「いつかは見に行きたい」と思っている方、「戦車博物館とは?」と思っている方に、いくつか有名な博物館を紹介してみたい。

ボービントン戦車博物館
イギリスのロンドンにある実質的に世界最大の戦車博物館。保有するAFVの総数は250台を超える。コレクションの中心はイギリス陸軍の車両だが、第2次世界大戦中のドイツ戦車も数多く所有している。
URL:http://www.tankmuseum.org.uk/

アバディーン戦車博物館
アメリカ東海岸メリーランド州、アバディーンにある戦車博物館。屋外に白くペイントされた数々のAFVが展示されている。エレファント重駆逐戦車や台車に乗せられた128mmツインFlakなど大型のAFVから日本の戦車までコレクションが幅広い。
URL:http://www.ordmusfound.org/

ソミュール博物館
パリから電車で約2時間のソミュールにある全世界のAFVファンあこがれの戦車博物館。第1次世界大戦中の車輛から現代の車輛まで常設展示が約120台。また、実際に稼動する戦車が多数あることで有名だ。バックヤードにレストア中のを含めて約500台もの車輛を所有している。
URL:http://www.musee-des-blindes.asso.fr/

クビンカ博物館
8棟からなる展示棟で構成された巨大な兵器博物館。現用車両を含め約300両の車両が展示されている。大戦中ドイツ軍から捕獲した車両も多数あり、中でもドイツのマウス重戦車を所有している事で有名である。
URL:http://www.tankmuseum.ru/

ロシア中央軍事博物館
ロシアの首都モスクワの東北部に存在する、ロシアの軍事技術の総決算的な博物館。T34/76、T34/85をはじめとするロシア軍AFVのほとんど全てがここに展示されている。自走砲や自走ロケット発射機、現用車両も数多く所有している。

ソミュール博物館においてエンジン始動するティーガーU
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posted by 戦車男 at 09:25| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(3) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月11日

現代日本外交における米国との関係

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今回の記事は戦車とは少し話がずれるが、普天間の基地移設問題などで、最近ホットな話題となっている日米関係について、私の意見を述べてみたいと思う。

二位以下の国々を大きく引き離して世界一を誇るGDP。世界のすべての国を合わせたよりも強力な力を持つ軍隊。先進国の中で最も広く豊かな国土。これらの条件を持つ国は即ちアメリカである。
 
我が国は、このアメリカと強力な同盟関係にあり、さらに軍事に限らず貿易や民間交流も非常に盛んである。それゆえ我が国の外交は日米関係を基調としたものになるのが必然である。
 
しかしながら2001年の9.11以来、アフガニスタンイラクと、テロに対する戦いに突入していくアメリカに、右派左派に関わらず批判の声をあげる勢力が国内に増大しているのが日本の現状ではないのだろうか。共産・社民などに代表される、左翼の相変わらずの反帝国主義的主張は相手にしないとして、旧来の親米派である保守派における反米的傾向の要因について考察してみたい。それによっていかに反米派が誤っているかを立証してみたい。
 
反米派は、「アメリカが大義なき戦争を行っている」という。すなわち国連を無視した戦争であり、自国の国益のため石油を狙った戦争であり、大量破壊兵器も見つからなかったアメリカの言いがかりの戦争だというのである。これらの主張は、たしかに事実ではある。だが、こういった表面的事実とは他に、アメリカの長期的なストラテジーや、打倒されるべきフセインの独裁体制テロリストたちの実情というものを我々は考えなければならない。
 
第一点として、アメリカの長期的ストラテジーであるが、これはH・キッシンジャーの「外交」を読むと非常にわかりやすく、詳しく知ることができる。私なりにその要旨を述べると、ウィルソン以降のアメリカ外交というものは、外交の根底に正義や道徳を置き、それを世界に拡大していこうという方針なのである。すなわちキリスト教的背景からこれを言えば「enlightenment」、すなわち「啓蒙していく」ことである。
具体的な例としては、ウィルソンの作った国連、第二次世界大戦におけるファシズムとの戦い(日本に対するアメリカの挑発的戦争に関しては、私は容認してはいないし、そもそも当時の日本が完全なファシズム体制であったかというのは非常に疑問視される問題である。)、冷戦における共産主義者たちとの戦い、などである。
 
このアメリカの正義の押し付けに対して、反発を持つ人々は非常に多い。彼らの論理は、「それぞれの国にはそれぞれの国のやり方があるのだから、民主主義の押し付けは良くない、さらに暴力による押し付けはもっと良くない」といったものである。もちろん、私も民主主義が万能だとは決して思ってはいない。だが、民主主義が現在のところ最善の政体であるというのは認めざるをえない事実であるし、アメリカがその攻撃の対象としているのは圧政を行っている国家だけである。
 
では、第二点として圧政を行う国家について考察してみよう。例えば、ナチスドイツは、国家政策としてユダヤ人を迫害し、計画的に500万人ものユダヤ人を虐殺した。ユダヤ人迫害はナチスドイツの崩壊まで継続され、外国の介入なしには決して解決はされなかっただろう。全体主義国家は国内に対して非常に強固である。北朝鮮を見ればそのことが明らかな事実であることがわかるはずだ。軍・政治を牛耳り、秘密警察を作り、通信・交通を独占し、密告によって反乱者を未然に防ぐ。よって全体主義国家の内からの崩壊はなかなか期待できない。ナチスドイツ、ポルポトのカンボジア、ソ連、いずれも外からの圧力があってはじめて崩壊に至ったのである。
 
これら圧政を行っている国家に対して、「それぞれの国の事情」という理由で不介入を主張するのは、いじめを見てみぬふりをするのとまったく同じで、不道徳であるといわざるをえないだろう。
 
以上のような理由で、私はアメリカの戦争に大義がないという主張が誤っていると考える。アメリカがなぜ北朝鮮や中国を差し置いてイラクを目標にしたのかということは、やむをえない理想と現実との折り合いである。実利がなければ国民はついてこないし、大量破壊兵器を実際に保有している国を攻めることは困難だからである。
 
反米派の人々の主張する外交方針として、アメリカを捨て、中国や韓国などと連帯する「アジア主義」を主張する人々がいる。だが、私はこの方針に対して非常に懐疑的である。

まず、中国は共産主義の全体主義国であり、基本的に日本とは性質的に敵対する国家である。さらにいえば、中国は、一時的には日本との連帯を歓迎するかもしれないが、中国の長期的な目標はアジアの覇権を獲得することであり、この点からも日本に敵対するものである。

次に、中国・韓国ともども、国家政策として「反日」を一貫して掲げており、これを取りやめないかぎり、真の友好を築くことはできない。
以上がアジア主義に対する反論である。
 
保守派の人々は、第二次世界大戦でのアメリカによる加害から、反米になりがちであるともいえる。しかしながら、そういった感情をこえて今現在親米を貫くことが、日本の国益に合致するのであるし、日本の主体的な政策方針として客観的にも最善の道なのである。
posted by 戦車男 at 11:12| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(1) | 小論文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月10日

アクセス数1500突破!感謝御礼!!

私事でしばらく更新を怠っておりましたが、その間にアクセス数が1800にも達していました!「戦車男」をご覧の皆様、いつもありがとうございます!!今後もますます記事を充実させていこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします!

本ブログに対するご意見・要望などございましたらどんどんコメントに書いてください。楽しく知的なページにしていきたいと思います。
posted by 戦車男 at 19:53| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

デザイン更新

グリーンとベージュでミリタリー調な雰囲気になったように思います。ミリタリー風に言えば、オリーブドラブ(米軍など)とダークイエロー(ドイツ軍)でしょうか(笑)これからも「戦車男」をよろしくお願いします!
posted by 戦車男 at 23:03| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月04日

パンター戦車

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1941年独ソ戦の勃発によりソ連に侵入したドイツ軍は、T34戦車に遭遇した。T34戦車は当時のドイツ軍の主力であったV号戦車W号戦車はるかに凌駕する性能を持っており、それらの戦車ではまったく歯が立たなかった。T34に対しては歩兵の肉薄攻撃や高射砲や野砲の攻撃によって何とかしのいでいるという有様で、この、T34の出現によるドイツ軍の一種の恐慌状態は「T34ショック」と呼ばれた。

この「T34ショック」を早急に克服するため、開発が急がれたのが次期主力戦車を期待されたY号戦車パンターである。パンター戦車の特徴的な点は、それまでの箱型の無骨なドイツ軍戦車と異なり、傾斜装甲で構成されたスマートなデザインである。これは同じく傾斜装甲で構成されているT34の影響が大きい。パンターの主砲には70口径長の75mm砲が搭載された。この長い砲は、貫通力に関して、ティーガーTの88mm砲よりも強力だと分析されている。装甲に関しては前面が80mm側面が40mmであり、傾斜した前面装甲は実質的には110mmの厚みがあった。エンジンはマイバッハの700馬力ガソリンエンジンを積み、当時のドイツ軍戦車の中では比較的軽快な機動力を持っていた。

1941年末に本格的にスタートしたパンターの開発は、ダイムラー・ベンツMAN社に命じられ、両社は翌42年5月に試作車両を提出、検討の結果MAN社の案が採用された。量産の命令は「翌年5月までに250両のパンターを生産すること」であったが、量産のための試作車の製作にてこずり、結局完全な試作車が完成したのは1943年の1月であった。それからわずか4ヶ月の間に数百両のパンターをそろえなければならなかったのである。加えて、夏に予定されていたクルスクの戦いにパンターが間に合うようにするため、さらに生産が急がれた

この、急ピッチな開発と生産が、パンターの初期におけるさまざまなトラブルを招いてしまったことはいうまでもない。1943年7月のクルスク戦に投入されたパンターは、いたるところで故障を起こし、その真価をまったく発揮できなかった。ある部隊では、200両装備していたパンターのうち、クルスク戦の第一日の終了後、稼動できるものは50両程度に過ぎないという有様であった。

このような初期不良に悩まされたパンターであったが、徐々に改良が加えられ、パンターG型に至ってその完成度は十分なものになったのである。攻撃力・防御力・機動力がバランスよく備わった本車は、連合軍から非常に厄介な相手とみなされた。ドイツの戦車兵エルンスト・バルクマンがたった一両のパンターをもってアメリカ軍戦車数十両を破壊し、戦線の崩壊を防いだという伝説もあるほどだ。

パンター戦車の弱点は、先ほど挙げた機械的信頼の問題以外にもいくつかある。それは1両の生産にかかるコストが大きいということ、車体が大きく、特に面積の広く装甲の薄い側面が弱いということである。パンターの重量は、約45トンであるが、これは他国の主力戦車と比べた場合、10トン近く重い。重い戦車ほど基本的に強いのだが、1両でも多くの戦車がほしいはずのドイツ軍ならば、もっと生産性を重視するべきであったと思う。

とはいえ、パンターは第二次大戦の中で、もっとも優秀な戦車のうちに入ることは間違いない。戦後、ドイツ軍が開発したレオパルドTにパンターの面影を見ることができるのは、やはりその設計の優秀さが通用するからではないのではなかろうか。実は、パンターもレオパルドも訳は「」である。そういった意味でも、まだドイツ軍の中にはパンターが生きているのかもしれない。


パンター戦車性能諸元(G型)
全長:    8.86m
車体長:   6.88m
全幅:    3.43m
全高:    2.98m
全備重量: 44.8t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL230P30 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 700hp/3,000rpm
最大速度: 55km/h
航続距離: 177km
武装:    70口径7.5cm戦車砲KwK42×1 (82発)
        7.92mm機関銃MG34×2 (4,200発)
装甲厚:   16〜110mm
posted by 戦車男 at 12:19| 東京 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 戦車図鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月30日

戦争劇画

ご存知の方も多いと思いますが、皆様は小林源文という漫画家をご存知でしょうか!?漫画家離れしたデッサン力で、ペンと薄墨のみでいろんな時代・地域の戦争劇画を書いている人です。とにかく戦車・戦闘機・人物など、絵が上手いです。

架空のドイツ軍戦車中隊の活躍を描いた「黒騎士物語」、ドイツの懲罰大隊をモチーフにした「カンプクルッペZPV」などの単行本があります。また学研の「歴史群像」でも、巻末で独ソ戦争の戦史を書いております。戦車模型の雑誌「アーマーモデリング」などの各種ミリタリー雑誌でも連載を抱えている、この道では有名な方です。興味がありましたら一度手にとって見てください。

小林源文先生のホームページ↓
http://www.genbun.net/index2.html
posted by 戦車男 at 21:19| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(2) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月29日

NPO団体「磐南総合研究会」

開設にあたる記事でも紹介いたしましたが、私戦車男は学生を中心とした若手保守派が集まる団体、「磐南総合研究会」に所属しております。磐南総合研究会は「智の力によって日本を変える」という目標の元、精力的に活動しております!

普段の活動としましては、原則月二回の勉強会(参加者全員が課題図書を読み、担当者がレジュメを作成し発表)、年四回の定期講演会(これまでに埼玉大学教授の長谷川三千子先生、正論のNHKウォッチングで有名な中村先生、「侵略の世界史」で有名な清水謦八郎先生などに講演していただいております)、機関紙「澪標」の月一回の発行、年二回の総会、年一回の勉強合宿などを行っています。また、昨年度から靖国神社におきまして、「出陣学徒慰霊祭」を行っており、本年度も12月3日に(土)行う予定です。

興味のある方はこちらをご覧ください↓

磐南総合研究会HP
http://www.wadachi.jp/
posted by 戦車男 at 13:40| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(2) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月26日

ゲーム「パンツァーフロント」

昔よく、パンツァーフロントというゲームをやっておりました。プレイステイション・プレイステーション2・ドリームキャストから出ています。ご存知の方も多いかもしれませんが、自ら戦車長になり、各国の第二次大戦を中心とした戦車を操縦して部隊を勝利に導くというゲームです。

ゲームにしては非常に歴史的考察も深く、各戦車の再現も満足のいくものです。自らがあこがれの戦車を操縦できる感覚が楽しいです。時間と多少のお金に余裕がある方はプレイされてみてはいかがでしょうか!?

詳しくはこちらをどうぞ↓
「パンツァーフロント」ホームページ
http://www.enterbrain.co.jp/game_site/pzf/
posted by 戦車男 at 13:37| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

自走砲A

ドイツ軍マーダーU自走砲(分類Aただし対戦車砲装備)
マーダー.jpg
前回の記事に引き続き、自走砲についてみてみよう。まずは前回便箋的に分類した@(陣地突破のための自走砲。破壊力のある大口径の火砲を積み防御力が高い。ドイツ軍では「突撃砲」と呼ばれる)とB(対戦車砲を載せ、戦車を撃破するための自走砲。貫通力のある長砲身の砲を積み、防御力も概して高い。ドイツ軍では「駆逐戦車」と呼ぶ)の分類の自走砲を見ることにする。

前回の記事では、「自走砲は第二次世界大戦の始まりとともに、三つの種類に分化する」と言ったが、正確には、@の陣地突破のための自走砲が、次第にその性能を買われて対戦車任務もこなすようになり、@からBにだんだんと変化していったと言うべきであろう。

例を見てみよう。ドイツ軍のV号突撃砲は、当初、陣地突破を主眼に開発されたため、貫通力よりも陣地や歩兵に対する破壊力を重視した75mm24口径長の太く短い砲を搭載した。しかしながら、後に対戦車任務をこなすため、W号戦車H型と同じ75mm48口径長の砲を搭載したのである。

また、面白いこととしては、ドイツ軍において、「突撃砲」は戦車部隊ではなく砲兵部隊の所属であったということである。したがって突撃砲の乗員も戦車兵ではなく砲兵である。ドイツの有名な戦車兵、ミヒャエル・ヴィットマンも、もともとはV号突撃砲の乗員で砲兵である。

そのため、戦車と同じ働きを期待できる自走砲を戦車部隊の管理下に置けなくて困った司令部は、「駆逐戦車という名で自走砲の生産・配備を行ったのである。そういった所属の面でも@の突撃砲とBの駆逐戦車では性格が異なるのである。つまり@突撃砲は、陣地突破・火力支援が主であり対戦車任務が従であったのに対し、B駆逐戦車は対戦車任務が主であったのである。

ただし、実際のところは、攻勢的な陣地突破や火力支援の任務は大戦の後期には減少したため、突撃砲も戦車代わりに対戦車任務に引っ張られることが頻繁であったということを一言述べておかねばなるまい。

背が低く前面装甲も厚い突撃砲は防御力が高く、おまけに戦車並みの対戦車砲を積んでいるため、対戦車戦闘では戦車以上の働きを見せることもあった。ソ連の戦車兵に「わが軍のいかなる兵器もV号突撃砲に対抗することができない」と言わしめたほどであった。

次にA(牽引式の砲に機動力をつけた自走砲。用途に応じて各種様々な砲を積むが、榴弾砲が多い。装甲は薄い)の自走砲であるが、これは、軍の機械化に伴って、それまでの牽引式の砲にも機動力とある程度の防御力を付加しようという考えからきている。そのため運用一般に関しては従来の大砲と大差がないのである。前線の後方に、砲列ならぬ車列を並べ火力支援を行うのが任務である。従来の牽引式の砲と比べ展開速度が速いのは言うまでもない。

ドイツ軍が投入した自走砲の威力を見せ付けられた世界各国も、既存の戦車の車体を利用して、次々に自走砲を開発し実戦に投入した。ソ連のT34の車体を利用したSU85、アメリカのM4を利用したプリーストなどである。イタリア・日本・イギリスなどの主要各国もそれぞれ自走砲を開発した。

このように隆盛を極めた自走砲であったが、大戦の終結とともに次第にその数は少なくなっていってしまった。そして、現在ではAの分類の自走砲以外の自走砲は、おそらく絶滅してしまったのである。その理由としては、駆逐戦車として発展した自走砲は、あまりにその任務に特殊化してしまったために、複雑多様化した現代戦に対応できなくなったこと。加えて、自走砲はあくまで戦車の補填としての存在のため、戦車が足りている平時ではあまり必要がないからだと考えられる。逆に言えば、戦車が一台でも必要な有事には、生産が容易な自走砲がまた姿を現すのかもしれない。

posted by 戦車男 at 22:34| 東京 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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