2005年10月31日

ちなみにその時のレジュメです。

『この国のかたち』45 GとF
◆はじめに
「GとF」の中では、欧米の絶対的な存在としての神「GOD」と、日本における相対的な宗教観が描かれている。さらに司馬氏は、近代に入ってキリスト教が世俗化されてからもなお、文学の中に神
学の系統を引き継いだ絶対虚構「FICTION」が相続されていると主張した。この発表の中では、司馬氏の記述を参考にしつつ、欧米のキリスト教の宗教観を、日本の多神教の宗教観と対比して、考察を深めたいと思う。

◆キリスト教の宗教観
@神
万物の創造主であり唯一絶対の神。多神教は未開の地における低級な宗教とされ、迷信だと考えられた。宣教師が全世界に派遣され、積極的に布教がされたのも「未開の地を文明化し、啓蒙する」という使命感があったことに関係する。唯一の存在である神の権威を守るため、戴く神を異にする者や、異なった宗派に対する排他性が非常に強い。米国などにおいて「進化論」と「インテリジェンス・デザイン論(神による創造)」が激しい論争を巻き起こしているのも、ここに原因がある。

A自然観
自然は野蛮で邪悪なものとされ、人間の手によって文明化・克服されるべきものとされた。こういった自然観の要因はキリスト教をはじめ、一神教(イスラム教、ユダヤ教)の発祥の地が、人間の手を加えなければ生活できないような、非常に自然の厳しい土地であったからだと考えられる。万能の神がなぜ「悪」の存在を創造したのかという疑問には、「神の収縮」という神学上の仮説で説明がつく。簡単に言うと、「神の収縮」とは、もともと全世界を覆っていた神が、人間に自由を与えるため自発的に収縮し、その空間にできたのが現在の世界であるという仮説である。それゆえ、神の及ばない範囲であるから現在の世界には悪が存在するのである。逆に言えば、悪を放逐すれば本来の世界を取り戻すことができる。このことからも、自然や悪に対する厳しい態度が理解できる。

B死生観
信者のみが救われる。魂は神の元に昇り、楽園で幸福な生活を送る。

C文化などへの影響
司馬氏が「GとFの土壌から科学がおこった」(『このくにのかたち二』p248)ということについて考えてみたい。

「ヨーロッパの哲学者はギリシア以来、絶対という唯一の虚構を中心におき、それを証明すべく迫っていく営みらしい」(同上p246)という司馬氏の指摘は、以下のドイツの哲学者ヘーゲルの記述を見れば納得がいくと思う。

「世界は偶然や外的原因にゆだねられるのではなく、神の摂理によって支配される」(ヘーゲル著・長谷川宏訳『歴史哲学講義・上』p30)、「わたしたちは、世界史のうちに摂理の理路と、摂理の手段およびあらわれを認識するという課題に真剣にとりくみ、歴史と理性の原理を関連づけなければなりません」(同上p32)。

ずいぶん回り道をしたが、私が言いたいことは、キリスト教の信者たちが、「この世界は神が創造した。だから世界は理性的な摂理によって支配されている。この摂理を証明することによって神の存在は証明されるし、この世界が本来の姿を取り戻す」という考えを潜在的に持っていて、それが科学の様々な法則の発見や技術の開発に結びつき、産業革命を生み出したのだということである。

◆日本の宗教観
@神
多神教であり、その存在は相対的。八百万の神と呼ばれ、あらゆるものが神となる。大別すると自然神と文化神(生活に関わる)に分かれる。自然神には太陽・山・海・川・火や、蛇・狸・狐・鹿などの動物まである。ずば抜けて大きい巨木や落雷を受けて傷ついた大樹が神木とされるケースもある。文化神としては、屋敷神・氏神・村や町の鎮守の神・縁結びの神・死神などが代表的である。また、人間が神になるケースもある。死んで神になり、子孫に祀られるという場合は日本では一般的である。

天皇も現世において最も上位にいる者として神であると考えられた。戦後に、わざわざ「人間宣言」なるものがなされたのは、進駐軍の欧米人が天皇を「GOD」だと勘違いしたからである。神仏習合など、仏教の日本化に見られるように、外来の神は日本の文化に合うように馴致され、既存の神々と共存する。キリスト教が振るわなかったのは、一神教の排他性が日本の曖昧な宗教風土になじまなかったことが考えられる。

A自然観
上記のように、自然には様々な神が宿るため、尊敬・崇拝の対象となり、自然とは調和・共存が図られる。日本はキリスト教の発祥地の風土は異なり、自然が非常に豊かであった。さらに、その一方で、地震・台風・洪水・火山など、自然災害が多い環境であったことも神々が崇拝された要因であるかもしれない。

B死生観
「成仏する」という言葉にあるように、人は死ねば仏となり神になる。天国や地獄、極楽浄土などという概念も存在するがキリスト教に比べると曖昧としたものである。浮遊霊となったり、守護霊となったりするケースもある。共通することは、死者が信仰・崇拝の対象となり、祈りを捧げるとき、霊魂の存在に思いをめぐらすことである。

17世紀、「あなたたち信者は救われる」と説いた宣教師に、日本の民衆が「それなら亡くなった自分のおとうさんやおばあさんは救われないのか」と問い詰めたところ「その通り救われないのだ」と断定をしたところ、人々は声をあげて泣いたという。

このような話に見られる、死者や祖先に対する崇拝が日本の特徴であると考えられる。靖国神社参拝問題も、死者に罪はないとする日本の宗教的風土の影響があるのかもしれない。

C文化などへの影響
文化などへの影響について、司馬氏は「技術というのは汎神論的なこまごまとしたリアリズムの上に立っているから、そのせいで得意芸なのかとも思えたりする」(『このくにのかたち二』p248)というような主張をしている。

私は、日本の宗教はあまりにも生活と一体化し混然としてしまっているので、宗教が一体どこからどこまで影響をあたえているのかという具体的なことは分からない。大まかに分かることで言えることは、外来の文化の優れたところを受け入れ、さらに日本独自の改良を加えるという風土を形作ったということではないだろうか。ここに日本の得意な加工産業の原型を見ることができる。

もう一点加えるとしたら、日本が特定の宗教・神に縛られなかったことで、宗教の世俗化が非常に早い段階で達成され、明治における近代化に何の障害ももたらさなかったことである。ヨーロッパで宗教の世俗化のために多くの犠牲が払われたことを考えると、非常に幸福であると考えざるをえない。

◆総括
宗教は、その国の文化の根幹を成す重要なものである。上で見てきたように、宗教が歴史において大きな影響をあたえ続けたことは明らかである。現代においてもその重要性は変わってはいない。イラク戦争において、すぐに「キリスト教とイスラム教の戦い」という構図が考えられてしまうのがその証左となろう。

宗教が人々を救済し、心のよりどころとなっているのは明らかである。このように正の面ではたらいている分には問題ないのだが、迷信や偏った情熱から対立を招くことがしばしばある。特に一神教の場合には排他的・絶対的な性格からその傾向は顕著である。共存・共栄が課題となっている現代世界において、今後は調和的な東洋宗教が注目されていくのではないのだろうか。

参考文献
司馬遼太郎『この国のかたち二』文春文庫
西尾幹二『国民の歴史』産経新聞社
渡部昇一『日本史から見た日本人・古代編』祥伝社
佐藤優『国家の自縛』産経新聞社
ヘーゲル著・長谷川宏訳『歴史哲学講義・上』岩波文庫
posted by 戦車男 at 19:48| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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