2005年10月24日

W号戦車

第二次世界大戦ドイツ軍の主力戦車はどの戦車であっただろうか。ドイツ軍の戦車と聞けばティーガーパンターなどの名前がすぐに挙がってくる。しかし、6年間にわたる大戦を戦い抜いた主力戦車はW号戦車に他ならない。W号戦車の生産は各型式をすべて合わせて約11000輌である。なお、先ほど挙げたティーガーの生産数は約1000輌、パンターでも約6000輌である。W号戦車が数の上からも主力であることは間違いない。では、戦車兵たちから親しまれ。信頼されたW号戦車とはいったいどんな戦車であったのだろうか。

1935年より開発されてきたW号戦車は、もともと、火力支援用の20トンクラスの戦車として開発された。当初は、V号戦車が対戦車戦などをつとめる主力戦車と考えられており、W号戦車は、その支援のとして、強力なトーチカなどを破壊するために開発された。そのため、当時としては大型な75mm砲の搭載が可能なように設計されていた。ちなみに、大戦の初期に活躍したW号戦車D型の性能としては、重量20トン、75mm24口径砲(火力支援用の短砲身)搭載、装甲厚は10mm〜35mmであり、V号戦車E型が、重量19.5トン、37mm46.5口径砲搭載、装甲厚は10mm〜30mmであった。

W号中戦車D型
IV_D_1.jpg

対ポーランド戦、対フランス戦縦横無尽な活躍を見せたドイツ軍機甲部隊であったが、1941年の対ソ戦で、彼らはT34という強力な敵に直面することになった。T34の出現でドイツ軍のV号戦車、W号戦車は一挙に陳腐化し、ドイツ軍は早急に強力な戦車を戦場に送り出す必要に迫られた。新たな戦車を開発すると同時に、既存の戦車を改良することも当然ながら試みられた。V号戦車は実にA型からN型まで改造が続けられたのである。しかしながら、基本設計の点で長砲身の75mm砲を積むことができないV号戦車は、ついにT34に対抗することはできず、1943年の段階で一線を退くことになった

一方、もともと大口径砲を積むことを考慮して生産されたW号戦車は75mm長砲身砲の搭載が可能で、装甲の追加による重量増加にも対応することができた。W号戦車は、1942年から生産されたF型から長砲身の75mm43口径の砲が載せられた。43年から生産されたH型では、さらに砲身を伸ばした75mm48口径砲の搭載が行われた。さらに、対戦車銃や歩兵の対戦車兵器に対応するため、「シェルツェン」という増加装甲が装備された(下の写真を参考)。シェルツェンを装備したW号戦車が、しばしばティーガーと見間違えられ、連合軍の兵士たちを驚かせたことがあったという。以上のような改良によってW号戦車は性能的に完成に至り、T34に対抗することが可能になったのである。

W号中戦車H型
4gouH.jpg

1943年にパンターの生産が開始されたことにより、W号戦車は補助的な車輌となるはずであった。しかし、長年にわたる生産・運用によって培われてきた信頼性や、生産性の高さから、W号戦車の生産は1945年まで続けられた。W号戦車の最終型であるJ型では、逼迫した戦況にあわせて、各部分の簡略化が計られた。砲塔旋回のための補助エンジンが廃止され、マフラーも取り外された。シェルツェンは鉄板から金網に変更された。

ドイツの栄光と敗北のすべてをともにしたW号戦車は、決して性能的に優れていたわけでもなく、ティーガーやパンターのような伝説的な活躍をしたわけではない。しかしながら、ドイツ兵士たちに信頼され「軍馬」と呼ばれ親しまれたのである。


W号中戦車D型
全長:    5.92m
全幅:    2.84m
全高:    2.68m
全備重量: 20.0t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL120TRM 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 300hp/3,000rpm
最大速度: 40km/h
航続距離: 200km
武装:    24口径7.5cm戦車砲KwK37×1 (80発)
        7.92mm機関銃MG34×2 (2,700発)
装甲厚:   10〜35mm

IV号中戦車H型

全長:    7.02m
車体長:   5.89m
全幅:    2.88m
全高:    2.68m
全備重量: 25.0t
乗員:    5名
エンジン:  マイバッハHL120TRM 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 300hp/3,000rpm
最大速度: 38km/h
航続距離: 210km
武装:    48口径7.5cm戦車砲KwK40×1 (87発)
        7.92mm機関銃MG34×2 (3,150発)
装甲厚:   10〜80mm
posted by 戦車男 at 18:47| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 戦車図鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
W号戦車は平凡であるがゆえ機械的信頼性が高く出現当時は24口径とはいえ75mm砲を旋回砲塔に搭載したことで長砲身化することにより兵器として生きながらえることができた
それでも後半は苦戦の連続なにせ砲塔前面装甲50mmでは心細いことだったろうと思う
後半では各種自走砲のベースや駆逐戦車としての生産量が多いことからも
中戦車としては限界だったがティーガーやパンターの生産性の悪さから作らざるを得ないというのが真実だろう
兵器の開発は開発を要求する側の先見性の優劣で性能が大きく変わるもの
ドイツでもうまくいかなかったし当時の日本の見当しの悪さは悲しくなる
もっとも資源も生産手段も劣っていたから兵器として優れたものが作れたか疑問だが
Posted by H。クニヒロ at 2005年10月24日 19:54
H。クニヒロ さん

こんにちは!コメントありがとうございます。確かに数量的に主力となってしまっていたW号戦車がもう少し強ければ・・・。という思いが私にもあります。特にクニヒロさんが指摘しておられる砲塔前面の装甲ですね。

確かF型に至る改良の途中で、砲塔前面に増加装甲が装着されたタイプが2両ほど試作されたようです(シリーズ最大の装甲厚なぜか不採用)。

しかし、この弱点は砲塔そのものを変えてしまわないことには解決できなかったと思います。車体部分の垂直面で構成された装甲も何とかならないのかと思います。けど、砲塔を変え、傾斜装甲にしたら、ほとんどパンターになってしまうような気がするのであまり意味がないように思いました。

ドイツ軍は、もう少し軽量で生産性の高いパンターを早い段階で作るべきでしたね。Eシリーズは遅すぎました。
Posted by 戦車男 at 2005年10月25日 11:33
どーもです
W号戦車は生産性が高かったという一文がありますが、後期型はX号より生産性が低かったという話があります。
X号には新しい溶接方法を採用していた関係もありまして、車体規模の割に生産性が良いそうです。
W号の調達価格はデフォルトで1,150,000ライヒスマルクだそうですが、さまざまな改良を加えた後期型では1,250,000ライヒスマルクに達するものがあったようです。
X号の調達価格は1,170,000ライヒスマルクだそうです
価格はhttp://www.panzerworld.net/からの引用です。
Posted by ぬらりひょん at 2005年11月06日 01:03
製造原価というのはあまり考えた事が無かったので手持ちの資料を調べてみると
これがなかなか無いんですね
シュピールべルガー氏のPANTHERに載っていました兵装と無線装置を除いた価格で117,100RMでちなみに同様な状態での価格はV号で96,163RM W号で103,462RM ティーガーTで250,800RMとのこと大きさの割にはパンターは安く作れるのですねパンターの完成品の価格は記載がありませんでしたがティーガーTでは300,000RM 生産が44年半ばには切り替えられるのもうなずけます当時としては資源の食わない車両を開発すべきでヒトラー総統の重装甲重火器好きが製造計画に災いしましたね いずれにしても親父の頭が固くならずにすみ感謝
Posted by H。クニヒロ at 2005年11月06日 14:17
ぬらりひょんさん

はじめまして。コメントありがとうございます。なるほど、気がつきませんでした。確かにW号はパンターと比べて15トン程度軽いのですが、あの複雑な砲塔や車体の面の多さを考えたら工数が増えて手間がかかりそうですね。

一方のパンターは戦争中に開発されたこともあり生産性を十分に考慮したものになったのでしょう。パンターの前面装甲などのふちが、パズルのように互い違いに側面装甲と連結していますが、これも強度を確保しつつ溶接範囲を少なくする工夫だそうです。

有益なコメントありがとうございます。
Posted by 戦車男 at 2005年11月07日 14:26
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