2005年09月14日

「フランス敗れたり」を読む。

最近、非常に印象深い本を読みましたのでご紹介いたします。前回に引き続き戦車から少々外れますがあしからず。

第二次世界大戦フランスナチス・ドイツの攻撃の前にわずか一ヶ月足らずで崩壊した。この事実は、世界史の中ではドイツ軍の新戦術「電撃戦」の威力のみが強調され、当時のドイツ軍に決してそこまで見劣りしない兵力を持っていたフランス側の原因にはあまり注目されないままでいる。
 
フランス敗れたり』(アンドレ=モーロワ著・高野彌一郎訳)という本がある。フランスの軍人であり文学者であるアンドレ・モーロワ氏が、母国の敗北に際して広くフランス人に訴えた本である。一読してみたが、この本は第二次大戦におけるフランスの悲劇的敗北の本質を明らかにしているとともに、現在の日本に対し非常に意義深い示唆を与えている。本書の紹介を通じて、フランス敗北の原因を示すとともに、同時に日本の亡国を防ぐための材料を提供できればと思う。
 
モーロワ氏は著書の中でフランス敗北の要因として主に以下の3つの点を挙げている。

1. 戦争の準備不足
2. フランス首脳部における不協和
3. ドイツの宣伝戦
この中で氏が最も主張する点は「戦争の準備不足」である。第二次世界大戦が勃発したとき、フランスは戦争のための準備をほとんどしていなかったといっても過言ではない。なるほど確かに強力な防御陣地であるマジノ線は完成し、国境を守る防壁はできていた。    

しかしながら、他の多くの致命的な点でフランスはいくつもの欠陥を抱えていた。有事における行動原則が決まっていないために、開戦後多くの混乱が起こった。兵器の生産を担う工場労働者たちが、開戦とともに疎開してしまい、たとえばルノー(自動車などの総合機械メーカー)の工場などでは、平時でさえ3万人程度の労働者がいるのに、開戦後の従業員は約8千人に激減してしまった。また、ドイツ軍の占領を恐れて住民が勝手に次々に避難をはじめ、道路を避難民が覆い尽くし、交通が麻痺してしまった。倉庫に保管してあった多数の装備も、それを円滑に運用する機構がないばかりに、なかなか前線に届かないでいた
 
だが、深刻だったのはフランスには、戦うための兵器が概して不足していたことである。もっとも状況が悪かったのは航空機である。たとえば、重要な北部方面を担当していた第七方面軍のジロー将軍の自由になる飛行機はわずか八機に過ぎなかった。フランス政府は十社以上の航空会社に飛行機の注文をし、多種多様の飛行機を少数ずつ保有するという非常に効率の悪いことをやっていた。一種の戦闘機をひたすら生産していたドイツとはいい対象である。開戦後、緊急に航空機を補充するため政府はアメリカに発注を行ったのだが、その機数はわずか100機であった。自己の利益のみを考えるフランスの財界人が政府に働きかけ、「国産のほうが安い」という理由で航空機の多数はフランスの工場に発注されたのである。そのために国を安売りする羽目になったのである
その他、戦車、対戦車砲、高射砲、機関銃、トラックなど、前線ではあらゆる物が不足していた。
 
フランスでは、確かにチェコの併合によって決定的になったものの、最後の瞬間までドイツとの戦争は交渉によって避けうるものと思っていた。ナチス・ドイツは虚勢を張っているだけで実際は弱体であると考えられていた。戦争は前大戦と同じく膠直戦になるという前提で長期戦の戦略が立てられた
 
これらの勝手な「思い込み」のために、戦争の準備は次々後回しにされ、どうしようもない状況に陥ってしまったのである。一方のドイツは1933年の再軍備から7年かけて戦争の準備をしてきたのである。
 
このフランスの混乱に拍車をかけたのがフランス首脳部の不協和であり、ドイツの宣伝戦であった。当時、交互に首相・蔵相・外相を務めたダラディエとレノーは、権力争いのためにお互いを非常に嫌悪していた。さらに、開戦時の首相レノーと総司令官ガムラン元帥との間にも攻勢論と守勢論とで軋轢があった。これらフランス内の内紛はイギリスをして「彼らはドイツと戦争する暇がないんだ」「彼らはお互い同士の間で戦争をするのに忙しいから」と言わしめるほどのものであった。
 
ドイツの宣伝戦の狙いは主に英仏を離反させることと、英仏国内の親ナチ者を煽動して破壊工作や情報操作を行うことであった。英仏の離反は、大戦直前まで高い成果を上げていた。ドイツの情報操作により、フランスが強大化するという妄想を抱いたイギリスは、ドイツに援助を与えていた。ドイツの拡大を包囲する目的で作られたストレーザ戦線も、勝手にイギリスがドイツ海軍の増強を認めるという形で崩壊したのである。開戦後の住民のパニックも内部協力者の攪乱よるところが少なからずある。こうしたことによってフランスは戦争準備の不足を取り返すことができず無残に敗北したのだ。
 
以上見てきたことが、フランスの滅亡の原因である。わずか一ヶ月にも満たない戦争でフランスは占領され、不名誉の中、5年間に渡る占領の苦しみを味わったのである。
 
ドイツ軍がパリに入城した1940年5月18日、著者モーロウの知人の、ある老人が自ら命を絶った。かれはこういい残している。
わしはもう生きていることはできない。わしのたった一人の息子は、前の大戦で戦死した。いまの今まで、息子は死んでフランスを救ったのだ、と信じてきた。ところが、フランスは今滅亡じゃ。わしが生きていく目的はなくなった。もう生きてはいけん
 
この瞬間、フランスはフランスが生んだもっとも高貴ある人の一人を失ったのである。日本にこうした人がいまだ残っているのかはわからない。だが後世の日本人を思い国に命をささげた英霊たちのことを考えたとき、われわれ日本人は彼らの思いを裏切ることは決してできないはずだ。
 
現在の日本を取り囲む状況は決して楽観できるものではない。軍事力の拡大を背景にアジアの派遣を狙う共産中国。核兵器を保有する全体主義国家北朝鮮。ますます独裁の傾向を強めるロシア。これらの魔手から日本の滅亡をなんとしても防がねばならない。
 
最後に、モーロウが亡命先のアメリカへ向かう船上で書いた救済策のうち、重要だと思われるものをいくつか挙げることにする。

○強くなること―国民は自由のためにはいつでも死ねるだけの心構えがなければ、やがてその自由を失うであろう。

○世論を指導すること―指導者は民に行くべき道を示すもので、民に従うものではない。

○祖国の統一を攪乱しようとする思想から青年を守ること―祖国を守るために努力しない国民は、自殺するに等しい。

○汝の本来の思想と生活方法を熱情的に信ずること―軍隊を、否、武器をすら作るものは信念である。自由は暴力よりも熱情的に奉仕する価値がある。
posted by 戦車男 at 00:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 戦車男の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 沿革フランスは第一次世界大戦において甚大な物的、人的損害を被った。敵国ドイツは大戦に敗北したが、その事をもってドイツの脅威が去ったと捉える者は少なく、ドイツに対する軍事的劣勢の解消が喫緊の課題とされた..
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Tracked: 2007-08-22 15:43
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