2005年12月07日

日本軍戦車、どうすれば連合軍戦車に対抗できたか?

旧日本軍の戦車に対する評価というものは、日本海軍の機動隊・水雷部隊などの華々しい戦いや、航空隊の活躍に比較するとすこぶる悪いものがある。その原因、背景などについては、以前の記事「旧日本軍戦車に対する一方的断罪を斬る」で多少触れたが、今回の記事ではもう一歩踏み込んで「いかにしたら連合軍(アメリカ)戦車に対抗できたか」ということを考えてみたいと思う。

まず、考察の対象とすべき連合軍(アメリカ)の戦車はM4シャーマンであろう。日本軍はこのシャーマンを「鬼戦車」と呼び、その撃破は、日本軍にとって非常に困難であった。戦車砲や速射砲による待ち伏せでの近接射撃。地雷や梱包爆薬、火炎瓶などを抱えた歩兵による肉薄攻撃などが攻撃の手段であったが、慢性的に重火器が不足していた日本軍では後者が主にならざるを得なかった。戦車に対する攻撃手段が欠如していたがために、有為な若者たちが無謀な攻撃で徒に命を失っていたのである。このことは大いに反省しなければならない。

対抗策として、第一に考えられるのは戦車の強化である。日本軍は47mm砲を搭載した97式中戦車改、1式中戦車を開発するが、シャーマンに対してはあまりにも威力不足であった。そこで、当時のスタンダードであった75mm砲を搭載した3式中戦車が開発されるが、その登場はあまりにも遅すぎかつ数が少なすぎた。4式・5式も開発されたが、実践投入にはまだまだ時間がかかった。以上を見るように、戦車の開発・改良が遅れたという点を考慮しても、新型戦車の投入には、当時の日本の技術ではかなりの時間がかかるということがわかる。戦車で対抗できないとすればどうすればよいのか。同じ戦車弱小国のイタリアに参考となる例がある
(97式中戦車)
97ョ中戦ヤ個体.jpg

すなわち、自走砲の利用である。以前の記事でも紹介したように、自走砲は車体に直接砲をつむため、戦車に比べて大型の砲を搭載することができるし、既存の戦車の車台を流用すればいいので生産も容易である

第二次世界大戦時のイタリア軍の主力戦車はM13 40中戦車であった。この戦車の性能は、32口径47mm砲、装甲厚6〜40mm、重量13.7トン、最高時速30kmで、日本軍の主力である97式中戦車18口径57mm砲、装甲圧10〜25mm、重量15トン、最高時速38kmと同レベルであった。イタリアのM13戦車は北アフリカの戦いでイギリスのクルセーダーやアメリカのシャーマンにコテンパンにやられ、何とか対抗しなくてはならなかった。そこでイタリア軍が考えたのは、貧弱なM13の車台に強力な75mm砲を搭載したセモベンテ自走砲なのである。
(M13 40中戦車)
ハ真m13-40.jpg
(セモベンテ自走砲 改良型)
it_m43.jpg

セモベンテ自走砲はその攻撃力と防御力で連合軍の戦車に対して善戦し、イタリア兵から高い評価を得ていた。さらにイタリアが敗戦してから後も、ドイツ軍の占領地域でその評価ゆえ生産が続けられたのである。日本も確かに自走砲を開発していたが、本格的な対戦車用で背の低い密閉式の、いわゆる「駆逐戦車」はついに開発しなかった。97式戦車の車台に、3式戦車に搭載された90式野砲をのせて、駆逐戦車を製作するのが、手っ取り早い対抗策になるのではないかと私は強く思うのであるがいかがだろうか。それであれば、1942年の早い段階で開発・製作が完了し、連合軍の反攻作戦が本格化する1944年には、各島嶼に配備が完了できたのではないかと考えている。少なくともフィリピン・沖縄で活躍はできただろう。

もうひとつの対抗策は、歩兵の携行兵器、すなわちパンツァーファーストである1942年にドイツで開発されたパンツァーファーストのノイマン効果(弾頭に火薬をすべてつめるのではなく、あえて先端に空間を設けることで火力集中させ威力を数倍に高める)原理は日本でも研究され夕弾などに応用されていた。ドイツと同盟関係にあったのであれば、その威力は明らかに伝わっていただろうし、開発技術も容易に提供されただろう。

パンツァーファストは、ドイツで大量に生産され、小銃すら足りない中でもふんだんに供給され続けた簡便な兵器である。1945年のベルリンをめぐる攻防で、ソ連はおよそ3000両の戦車を失ったといわれているが、その大半はパンツァーファーストによって撃破されている。生産の容易性、そして実際の威力の点から積極的に導入すべきであっただろうと考えている。ジャングルや険しい地形の多い南方では、近接戦闘をいとわない日本軍の性格も相乗して、大きな戦果をもたらしたであろうと思う。

以上の2点が現実的な対抗策であると思うのだがいかがだろうか?
posted by 戦車男 at 16:17| 東京 ☀| Comment(16) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>歩兵の携行兵器、すなわちパンツァーファースト
これに類し、且つ本格的な無反動砲たるパンツァーシュレックにも類似する兵器として我が方にも「試製五式四五粍(四五粍は発射筒の径)無反動砲」が有りました。
同火器は試製四式無反動砲に隠れ、撃発機構が未整理であった故、実質的に刺突爆雷の如き用法しか無かったろうと片付けられますが、発射筒の太さに左右されず弾頭直径を大きく出来る点(その分射出後に飛び出す安定羽根は必要ですが)、携行するにもそれなりに嵩張る長い発射筒を有さず弾頭と発射筒は共に身長の半分程度になる故砲手と弾薬手も背負い易い等、密林での徒歩機動そして大陸での乗車機動にも好適である点等、四式無反動砲に対する利点長所は非常に大きいものが有ります(余談ながら「大本命」とされた四式無反動砲は、口径が半端な上噴進弾頭の直進性を回転安定式に頼る故、折角の成型炸薬による貫徹ジェット流を大部分無駄に捨ててしまいます)。
同火器は陸軍の洋上機動兵団或いは海軍陸戦隊をして、軽量型軽機関銃(FG42類似、重量七s程度、分離保弾帯亦は二十連箱弾倉左側装着)と共に必須の対装甲重火器でした。試作品完成が二年余りも遅れたことが非常に悔やまれる兵器です。
Posted by 調達本部 at 2005年12月07日 23:09
TB有難うございます。当方その方面の知識は全くもちあわせておりませぬ故、今後参考させて戴きます。
Posted by hiwatt_man at 2005年12月08日 14:42
調達本部さん

詳細なコメントありがとうございます!

日本軍もパンツァーファーストに類似した兵器を開発していたとは思ってはいましたが、「試製五式四五粍無反動砲」の存在は知りませんでした。パンツァーファーストを見るといかにも構造が簡単で、生産が容易のように見えますが、意外に作るのは難しいのでしょうか?ソ連やアメリカが大量に利用していたという話は聞きませんし。

調達本部さんは軍事に対する造詣が非常に深いように思いますが何かホームページやブログなどでその知見を披瀝されていらっしゃるんですか?もしあるのでしたら是非見させていただきたいのですが。


Posted by 戦車男 at 2005年12月08日 16:16
戦車男様、御高評頂き恐縮です。
当方の得る資料は全て市販の書物かネット上から得たものですが、殊に前者は我が軍関連でおかしなバイアスがかかった曲者が多く(執筆者の補充が上手く行かないのか最近低劣な記事が以前にも増して目立つ気がします)、同一対照を扱ったネット上の記事と照合しつつ、知ったかぶりと悪意の押売部分を切り落としつつ活用しております(実存する、或いはした機材は「大●略」の駒では無い!が信条です)。
>97式戦車の車台に、3式戦車に搭載された90式野砲をのせて、駆逐戦車を製作する
当方の私見ですが、九〇式野砲に基づく砲は寧ろ駐退器を新設計し、半自動閉鎖尾栓を設けた戦車砲として試製二式砲戦車「ホイ車」に搭載したく思います。皮肉なことにM4中戦車の主砲は仏シュナイダー社仕込みであり、我が九〇式野砲の遠縁です。

Posted by 調達本部 at 2005年12月09日 23:32
戦車男さん、こんばんは。 私は、旧日本軍が連合軍戦車に対抗するには、歩兵携帯用の対戦車火器がもっとも効果的だと思います。何故なら旧日本軍の戦場は広大な中国大陸を除いて、ほとんどが南方の島々やビルマなどのジャングルで、アンブッシュして米軍のシャーマン戦車などを迎え撃ち、効果も発揮出来ると思います。地形を巧みに利用すれば歩兵だって戦車部隊を全滅する事は可能だと思います。現に、後の第四次中東戦争では、エジプト軍の歩兵部隊がATー4サガー対戦争ミサイルだけでイスラエルの戦車部隊を壊滅させています。爆薬や地雷を背負って敵戦車に突っ込む様ではいたずらに将兵を消耗させるだけです。これが私の意見ですが、戦車男さんいかがなものでしょうか?
Posted by 十津川健也 at 2005年12月11日 18:37
調達本部さん

なるほど。市販の書は我が国に関して悪書が多いということですね。注意いたします。これからもご指導お願いします!


十津川さん

私も生産・運用のコストを考えた場合、歩兵携行の対戦車火器がベストだと思います。ただ、歩兵携行の火器だけでは、射程が短い上、当然防御力は0なので、待ち伏せや陣地に頼る防御はできても攻撃は不可能だと思います。

反撃が有効な防御となることは多くありますし、積極攻撃を想定しない軍というのも問題だと思います。そういった意味で現実的に可能性のある駆逐戦車の開発も同時に行うべきだと思います。
Posted by 戦車男 at 2005年12月13日 12:29
通りすがりでのコメントで恐縮です。
僕は旧軍の兵站関係の都合にはあまり詳しくはないので実現性については保証の限りではないのですが…。

日本軍は「歩兵砲」の類を活用することを得意としていたようなので、そういった砲で使用可能な「対戦車榴弾」という案はいかがでしょうか?

性能の限界もありますので、水平に撃つだけではロシア軍の76.2oの様にはいかないでしょうが、整形炸薬弾であればM4程度なら撃破できるのではないでしょうか。
Posted by はち at 2005年12月25日 00:21
通りすがりのコメントで恐縮ですが
いちお日本軍にも駆逐戦車らしきもならあったと思います
軽戦車の車体を利用して主砲は一式中戦車のもの
使用していたと思います
Posted by とうりすがり at 2006年04月05日 00:17
お初にカキコいたします。

>>はちさん

>「歩兵砲」の・・・「対戦車榴弾」
歩兵連隊の歩兵砲たる連隊砲=41式山砲(75mm)用のタ弾(対戦車成形炸薬弾)が開発されある程度の数が生産・支給されています。
確か貫徹力は100mmほどでシャーマン正面も撃破できますが、やはり広大な戦線に展開する大部隊に対しては数が少なすぎたようで、貴重な扱いだったようです・・・

他にも速射砲用外装タ弾や擲弾筒用タ弾も開発されたが結局量産されなかったようです。
山砲タ弾や擲弾筒タ弾が大量に支給されていれば
日本軍歩兵も米英戦車に対してあれほど苦戦しなかっただろうにとおもうととても残念ですね・・・
Posted by GUSTAV at 2006年06月13日 15:52
一式砲戦車・・・
Posted by ? at 2008年07月30日 17:15
つい通りかかったので、勝手に書き込む無礼をお許しください。
>駆逐戦車を製作するのが、手っ取り早い対抗策
妄想に過ぎません。砲弾の材質もダメ。そもそも大砲を量産できる体制に無いので。
>パンツァーファウスト
パンツァーファウストは、日本には作れません。巻き羽根の精度が出せない。
また、バズーカやパンツァーファウストは、後方噴流がすさまじいのです。通常後方左右20度の範囲で20〜30m障害物が無いことを確認して発射します。ジャングルで不用意に撃つと、後方噴流が跳ね返って射手が大火傷します。まぁ、日本陸軍ならそれでも使ったかもしれませんけど。
代わりにドイツの磁気吸着地雷(悪名高いツィメリットコーティングをドイツがやるはめになった原因の兵器)から磁石を外して、棒の先に付けた兵器を実用化しています。(名前忘れた)
吸着地雷より離れて攻撃できますが、槍のように戦車を突っつくと爆発すると言うたまらない兵器(吸着地雷は時限信管で逃げる時間が有った)。
ドイツでは投擲型のHEAT手榴弾も使っています。これは後部に凧の足のような布が収納されており、引き出して投げることで弾頭を進行方向に安定させる効果があります。またその手りゅう弾のように山なりに投げることから必然的に車体上面に対しての攻撃となり、小型ながら有効性が高いものでした。まぁ、威力不足と弾着の不正確さでパンツァーファウストに劣るので活躍できなかったんですけどね。しかし、これなんか日本軍にはピッタリの兵器だったと考えます。威力が弱い代わりに簡便で量を持たせられます。擲弾筒と組み合わせたり出来なかったかと、個人的には考えたりします。
ただ、日本陸軍に関しては、なんか、対戦車戦闘に関して、あえて考えないようにしているというか、無い事にして物事を進めようとしていると言うか、そういう感じを非常に強く受けます。形だけつくろって言い訳してるような。
ついでに、装甲板や徹甲弾、溶接技術に関しては海軍では戦前から十分な技術があったのですが、陸軍では十分に使われていない辺りにも、陸海の深刻な対立が障害になっているようです。
Posted by つい通りすがり at 2010年02月09日 16:48
現実的には隠蔽陣地+砲戦車がベスト。実際役に立ってるしね。次に隠蔽陣地+47mm速射砲 その次が野戦重砲の直射
Posted by ニート at 2012年05月07日 15:32
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Posted by ?奇私服 at 2013年08月01日 18:44
当時の日本では大型戦車の試作をするもそれを支えるサスペンション、足回りに関する技術がなく、しいていうならエンジンも非力、鉄も燃料も足りなかったと。
零戦に関しても海外コピーパーツの寄せ集め、非力なエンジンに合わせた苦肉の策の軽量化、そもそも部品を作る機械すら海外製だったり。
歩兵銃だって皇紀38年式と時代遅れ。
戦車の脅威だって、わかった時には時すでに遅し。
と、日本人の驕りが生んだ戦争でしたね、、、
Posted by ryoooheee at 2015年02月10日 03:04
↑歩兵銃の採用年は、アメリカ以外はどこも似たり寄ったりだよ
Posted by at 2015年04月13日 05:57
↑↑
一応言うが日本のサスペンションに関してはトーションバー式に次ぐ頑丈さと生産性を持った優秀なものだぞ。この点に関してはドイツよりも上回っている。
海外コピーパーツの寄せ集めなのは一部の国を除いてどこもそうだし、当時は栄なんて馬力が強いかつ燃費のいい画期的なエンジンだったし、ソ連も同じく全部米製だし、歩兵銃はどこもそうでしかも日本のは優秀だった
戦車の脅威と言っても逃げ惑う中国人には必要なしだし、分かっていた。事実砲戦車なんてものを開発してるし。
まぁ・・・輸送力がなかったけどね
Posted by at 2016年01月11日 00:31
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