2005年12月04日

あしか作戦の潜水戦車

1940年6月フランスを打ち破ったドイツは、その矛先をイギリスに向けた。だが、イギリスに侵攻するためには、これまでの戦いと違い、海を越えていかなければならない。そのためにドイツ軍は主力のV号戦車に特別な改造を行ったのである。

それは、V号戦車を潜水可能な戦車に改造することであった。輸送船が岸辺に接岸してからいちいち戦車を揚陸していたら時間がかかるし、何よりも敵の眼前でそのような悠長で無防備なことを行っていたら危険極まりない。それゆえに、海岸からある程度はなれたところで船から離れ、各戦車がそれぞれ上陸するほうが安全だろうと考えられたのである。

海岸まで自走する方式について、浮いた状態で進む方式と、海底を這っていく方式とで一度意見が分かれた。浮いた状態のメリットは、沈まないから水密部分を減らすことができることと、吸気・排気の問題を考えなくていいこと、そして、ある程度の火力支援が行えるということであった。潜水するほうは、敵からの攻撃を受けにくい点と、浮くためのバランスを考慮しなくていいということであった。

結局、浮上するためのバランスどりができなかったため、潜水方式が採用された。潜水するために問題となったことは、水が車内に入ってこないようにすることと、エンジンの吸気・排気をどうするかということであった。前者の問題については、戦車にある穴、隙間のすべてをゴムで埋めることによって解決した。ちなみに上陸後、すぐ戦闘が行えるように、それらのゴムは車内からのボタンひとつで火薬の小爆発によって取り外すことができるようになっていた。

もうひとつの問題は解決が難しかった。最初は、吸気は中空のポールを立ててそれを海上に出すということが考えられたが、予想された水深が20から30メートルであったためそれは困難だという結論に至った。そこで考えられたのが、ホースのように柔軟な管を吸気口から伸ばし、その先を水に浮く資材に取り付けるという方式であった。このやり方は実験でも順調で、イギリス上陸作戦の「あしか作戦」に採用された。なお排気はそのまま水中にボコボコと吐き出すことにした。

さっそく約100両のV号戦車がその改造を受けたが、結局あしか作戦は実行されなかった。9月の「バトル・オブ・ブリテン」でルフトバッフェがイギリスの制空権を取ることができず、ヒトラーが作戦を中止したからである。だが、そのうちいくつかの潜水戦車は、1941年の独ソ戦の初めに、ブーク川の渡河に使われ、ソ連装甲車の襲撃を受けた歩兵を救っている。
posted by 戦車男 at 13:44| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
戦争男さん、靖国神社慰霊祭はどうでした?私も行きたかったのですが、仕事の都合で行けませんでした。すいませんでしたm(_ _)m ドイツが英本土上陸作戦で制空権を確保出来なかったのは、ドイツの戦闘機が航続距離が短く、ハインケル爆撃機の護衛が完璧に出来なかったからだと思います。メッサーシュミットBf109は空戦の時間が僅か5分しかなかったのです。逆にイギリス空軍は撃墜されても、自国の上空なのでパラシュートで脱出して別の戦闘機に乗り換えて再出撃いたパイロットがいたという感じです。ルフトバフェが航続距離の長い戦闘機を開発していたら英本土にも上陸出来たろうし、V号潜水戦車だって思う存分活躍出来たでしょうね?
Posted by 十津川健也 at 2005年12月05日 19:20
十津川さん

慰霊祭は多数の方にご参列いただき、滞りなく催行することができました。来賓の先生方にもそれぞれすばらしい挨拶をしていただき、ご来場の皆様にも満足していただけたようです。

制空権の確保については明らかにドイツ戦闘機の航続距離の不足が問題であったと僕も思います。加えて、爆撃機が小型で威力不足だったことも考慮したほうがいいと思います。

後にドイツを爆撃したB17もランカスターのいずれも4発爆撃機で、航続距離・搭載爆弾量のいずれもドイツの爆撃機の一クラス上の威力を持っていると思います。
Posted by 戦車男 at 2005年12月06日 10:59
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