2005年09月21日

多砲塔戦車

T35多砲塔戦車
t35_11.jpg

第一次世界大戦、膠着した塹壕戦を突破するために生まれたのが戦車である。塹壕を突破し、あらゆる敵をなぎ払いながら進軍する。これが戦車である。突破力と強大な火力による歩兵支援という思想を、もっとも忠実に反映しようとしたのが、第一次大戦後から第二次大戦の初期まで研究された多砲塔戦車である。

多砲塔戦車には、突破力とあらゆる敵を打ち負かす攻撃力を備えた、いわば「陸上軍艦」としての活躍が期待された。有名な開発国としてはソ連とイギリスであろう。ソ連ではT28T35が、イギリスではインディペンデント戦車などが代表である。

ソ連のT28とT35は、フィンランドとの冬戦争第二次世界大戦で実際に使用された。しかしながら、多砲塔戦車は当初の期待にこたえることはできなかった。砲を積みすぎたために、車体が大きくなり、対戦車砲のよい的となってしまった。おまけに多砲塔戦車は、車体の大きさゆえに装甲を薄くせざるをえなかったのでフィンランドの旧式の対戦車砲や普通の野砲でも簡単に破壊されてしまったのだ。塹壕戦が中心の第一次世界大戦ならともかく、戦場が流動的な近代戦では鈍重でおまけに防御力も弱い多砲塔戦車はでくのぼうだったのである。

多砲塔戦車は、あまりにも多くの機能をひとつのものに詰め込もうとしたために、あらゆる弱点も同時に抱え込んでしまったのである。イギリスは第二次世界大戦前に多砲塔戦車に見切りをつけ、ソ連も冬戦争の敗北を境に生産を止めてしまった。戦車大国ドイツは、多砲塔戦車の生産は実験的な2両のみで、その他一切の多砲塔戦車を生産してはいない。

多砲塔戦車は、ひとつの戦略にあまりに特化しすぎたために、環境の変化にまったく対応することができなかった。栄え滅びたかつての古代生物を思わせるものがある。
posted by 戦車男 at 22:24| 東京 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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